広報誌 詳細版

専門を異にする研究者や海外からの留学生と交わって学ぶ。元素戦略プロジェクトの研究拠点は人材育成の格好の場です。
拠点研究を担う研究者となった人、プロジェクトを卒業して国内で研究している人、活躍の場を世界に広げた人、それぞれの声を聞いてみました。

磁性材料研究拠点(ESICMM)

電子材料研究拠点(TIES)

触媒・電池材料研究拠点(ESICB)

構造材料研究拠点(ESISM)

社会で広く使われている鉄鋼材料をはじめとする構造材料のいっそうの高強度・高延性を実現させるための研究をしています。具体的には、変形中に微視組織レベルでは何が起きていて、それが強度と延性にどうつながるのか、材料変形の本質解明に取り組んでいます。

複雑で解けそうにない問題を自分なりの考え方で簡単に解決できたときに研究のやりがいを感じます。たまには仮定の間違いなどで失敗もしますが、研究というのは七転び八起きです。粘り強く研究に取り組んでいけば、きっといい成果につながると信じています。

不均一材の変形挙動についてより深く研究してみたいと考えています。例えば、軟質なものと硬質なものが混在している場合について、それぞれのものの変形挙動を定量評価し、最終的には変形の本質を突き止めて明らかにしていきたいです。

金属材料の変形の根本を深く理解することができれば、特殊な元素を添加しなくても従来の合金の組織制御だけで十分な高強度・高延性が実現できると期待しています。限られた資源をいかに効率よく使うかが次世代の大きな課題であることを考えると、元素戦略はこれからもやり続けていくべき価値のある研究です。

朴 明験

Park Myeong-heom

構造材料研究拠点

蓄電池用電解液の新材料発見をめざして、その性質が発現するメカニズムを第一原理計算を用いて解明するとともに、データ駆動型科学を利用して自動的に大量の新材料候補を提案し、新材料を探索しています。さらに、これらの手法を電池系だけでなく磁石材料などにも適用し、高性能材料の開発に挑戦していこうと考えています。

実験研究者と密に議論し、その材料がもつ性質には本質的に何が重要なのか、アウトラインをつかみ、その理解と実験事実を基にして独自の仮説を立て、それを第一原理計算で証明するところが魅力です。自分の予測通りの実験結果が得られたと教えられたときは、本当にうれしいです。最近では、新規材料をMIで提案してみたいと思っています。

新規材料を提案し、それを実験研究者とともに合成・計測し、実際に産業利用できる材料を見つけることです。個人的には、液体、固体、有機、無機関係なく、さまざまな実材料に対して現在開発している新材料探索スキームを適用し、どのような材料系にはどのような探索手法が有効かを明らかにしたいです。また、大学や企業のさまざまな分野の研究者と議論しながら研究を進めていきたいと願っています。

必要な機能をもった材料を新規に作り出すにはどうしたらいいのか。その答えをメカニズム解明と新規材料提案の両輪で得る、モデルケースを増やしていきたいと考えています。と同時に、問題意識を共有できる世界中の研究者と強く連携し、物質材料研究に貢献していきたいです。

袖山 慶太郎

触媒・電池材料研究拠点
現在は物質・材料研究機構

ミュオンという素粒子を使って物質の磁気的性質を調べる「ミュオンスピン回転・緩和法」で研究しています。ミュオンは水素の軽い同位体で、半導体や太陽電池材料などの対象物質中に希薄な不純物として存在しているので、その挙動から物質の特性を調べていきます。

電子材料研究拠点の主要テーマの一つが水素です。希薄極限での水素の性質を調べるにはミュオンを使う以外に方法がなく、ユニークで独創的な研究を行えることが魅力です。得られた実験データからどんなことが起きているのかを推測し、モデルを立てて解析を行い、きちんとデータを再現できたときには苦労も吹き飛びます。

最近ではコンピュータの能力が飛躍的に向上してきたこともあり、理論計算を専門としない私のような研究者でもかなりの精度でシミュレーションを行えるようになりました。さまざまな機能性物質における不純物水素をミュオン実験とシミュレーションで系統的に調べて、何らかの法則性や傾向などを探ってみたいと考えています。

地球上には、半導体や太陽電池材料としての機能を秘めていながら、実用化できていない物質がたくさんあります。実用化を妨げている要因の一つとして挙げられる不純物水素の理解が進むように、これまでの知見を踏まえつつ常識に囚われない研究を進めていくつもりです。

平石 雅俊

電子材料研究拠点
現在は高エネルギー加速器研究機構

元素戦略プロジェクトには2013年から3年間参加していました。当時は、含有量としては微量でありながら、ネオジム焼結磁石の性能に大きく貢献する結晶の構造や量が、焼鈍プロセス過程でどのように変化していくかに興味がありました。そこで、プロセス過程を再現する試料加熱装置を組み入れた、放射光X線回折測定を行っていました。

放射光X線回折測定では、測定に高輝度で指向性に優れたX線を利用できるので、1回の測定を短時間で行え、かつ詳細な結晶構造情報が得られます。そのため、ネオジム焼結磁石に含まれる結晶の構造や量が、焼鈍プロセス過程で変化していく様子を、刻一刻と直接追えることが魅力の一つです。

開発中の磁石材料に、そのプロセス過程で刻々と変化する要となる物質の結晶構造情報を提供し、材料開発のどの部分(最大温度、温度勾配、結晶の含有量等)が性能向上に貢献したかを明らかにしていく。そして、結果を次の新磁石生成開発のための指針につなげていきたいです。

物質材料研究の魅力は、ありふれた元素の集まりであっても、集まり方次第で新規物性が発現することがあり、”More is different”を肌で感じられるところです。有限な資源の中から元素を厳選しながらも最大限に有益な機能を引き出す。そして、元素戦略と物質材料研究から、無限に新機能性材料が生み出されることを希求しています。

上野 若菜

磁性材料研究拠点
高輝度光科学研究センター/ SPring-8

現在進めている研究は、原子シミュレーションを用いた高エントロピー合金に関する理論の検証、深層学習とデータバンクの統合による高性能放射冷却材料の開発、そして密度汎関数理論(DFT)計算によるファセット依存性光触媒活性試験における実験結果の解釈などです。

私の研究は、計算材料科学に基づいて先端的な構造材料や機能材料を探索・開発することに重点を置いています。この研究の面白いところは、材料についての既存の仮説に新たな洞察をもたらすことができるかもしれないところです。

私の研究者としての夢は、社会と環境に恩恵をもたらす物質材料研究に、もっと多くの若者が参加してくれるきっかけを与えることです。

元素戦略プロジェクトから受けた教育と研究活動へのサポートに大変感謝しています。これからのキャリアにおいても、元素戦略の精神を胸に刻んで奮闘します。

Lo Yu-Chieh

構造材料研究拠点
現在は国立交通大学(台湾)

「機能性材料の開発をデジタライゼーションし、加速・高度化する」ことが、私の所属する部署のミッションです。私自身は、リチウムイオン電池や光機能性材料に関して、理論化学シミュレーションと機械学習技術を駆使した研究を進めています。前者に関しては、元素戦略プロジェクトで培った経験が直接的に生かせている実感があります。

多様なバックグラウンドをもった研究者と、同じ目的に向かってチームで研究を推進する点です。私は理論・計算化学を専門としていますが、同僚の大半は機械学習の専門家です。プロジェクトでは、実験研究者と議論しながら、より良い材料を生み出すという共通の目的に向かって研究を進めています。それぞれの研究者の知見や強みがうまくかみ合って研究が前進する瞬間は、私にとって代えがたい喜びです。

幼いころから化学がなんとなく好きでした。「モノが変化する」ことが面白かったのだと思います。当時、読んでいたマンガに元素やエネルギーを自在に操るキャラクターが出てきて、ずいぶんうらやましく感じました。そこで、「計算機の中でなら仮想的にでも原子・分子を思いどおりにできる」と考えて理論・計算化学を専攻しました。計算機の外でも、実際に物質・エネルギーを自在に変換することが夢です。

「高度に発達した科学」と言われますが、元素戦略に基づいた物質材料研究は、まさに魔法のタネを生みだしてくれます。それらの魔法も実際には泥くさい試行錯誤の結果とはいえ、「未来の世界を構築する技術を自分(たち)の手で実現する」ことをめざして研究を進めていきます。

大越 昌樹

触媒・電池材料研究拠点
現在はパナソニック(株)

私の研究は強誘電体と圧電体の新規材料探索です。強誘電体や圧電体の材料はセンサーやメモリーとして使用されており、近年の情報社会には不可欠な材料です。最近では特に、薄膜作製を通した新物質合成により、強誘電体・圧電体の特性向上を狙った研究を行っています。

新規強誘電体・圧電体材料は固相合成法を用いて合成できるような相ではなく、準安定相として存在することが多いうえ、高品質な試料でなければ絶縁性が確保されず、物性の確認が困難です。そのため、狙った物質をどのような手法で合成するかを考えることが大変面白く、特性発現を実現できたときの喜びは大きいです。

強誘電体研究というと無機系の材料ではペロブスカイト型構造という結晶構造の研究ばかりでしたが、近年、これとは異なる結晶構造の強誘電体が登場しており、対象となる物質が広がりつつあります。誰もが知っているような結晶構造で強誘電体をつくることが目標の一つです。

新しい機能性物質や材料の発見・開発は、産業応用へつなぐ側面と、機能性発現の原理や学理を追究するという学術上の興味を引きつける側面をもっています。今後は誘電体に限らないで、それ以外の物質材料の物性にも先端的な計測手法や計算科学的な手法を取り入れ、広く興味をもってインパクトのある研究を進めていきたいです。

清水 荘雄

電子材料研究拠点
現在は物質・材料研究機構

ハイブリッド車や燃料電池車の駆動モーターに用いられるネオジム磁石の高性能化を実現するために、粉末原料の組成設計、プロセス開発に取り組んでいます。具体的には、自分で作製したサンプルの微細組織や磁気構造を解析し、保磁力の発現メカニズムを解明して高性能化にチャレンジしています。

仮説を立てて実験を行い、結果を考察するのですが、仮説が正しかったことが分かったときに研究の喜びを感じます。たとえ仮説が正しくなかったとしても、意外な発見へとつながっていくところが研究の魅力です。

学生のころから「世界最強磁石」を創ることが夢でした。TDKの強みである素材技術、生産技術と解析技術を活用して、その夢を実現したいと思います。

5年間、元素戦略プロジェクトと物質・材料研究機構で学んだものはかけがえのない大きなものでした。それを生かして社会に貢献できるよう精一杯頑張ります。

劉 麗華

Liu Lihua

磁性材料研究拠点
現在はTDK(株)

材料の変形や破壊は建造物や乗り物といった大きなスケールの問題のように考えられますが、これらの現象はナノスケール、原子スケールの微視的な物理現象の積み重ねによって引き起こされているのです。私の研究では、ナノスケール、原子スケールで材料内部を可視化することが可能な透過型電子顕微鏡法を用いて、構造材料の力学現象を解明しようとしています。

元素戦略プロジェクトは、限られた資源の中で素晴らしい特性をもった新規材料を創製し、持続可能な社会の実現に向けてイノベーションをもたらすことをミッションとしています。特に構造材料は実用化される材料の中で大きな割合を占めているため、環境に与える影響も大きく、自分の研究が未来社会に貢献できるところが魅力です。

材料の力学特性は構成元素だけでなく、内部の微視的な構造・組織に大きく左右されます。これは、希少元素を使わないでも同等以上の特性が得られる可能性があることを示しています。材料の力学特性を原子レベルから理解することで、何が特性を決定するのかを明らかにし、新規構造材料開発の基礎・基盤となる学理を構築することをめざしています。

昨今の技術革新と両立させながら、未来に向けて持続可能な社会を形成していくことが喫緊の課題だと認識しています。ものづくりの始点となる材料を研究することで、私もこの課題の解決に貢献できると考えています。元素戦略は持続可能な社会の実現に必要不可欠であるため、今後も未来を見据えた物質材料研究に邁進していくつもりです。

近藤 隼

構造材料研究拠点
現在はチャルマース工科大学(スウェーデン)
(日本学術振興会海外特別研究員)

発光素子やトランジスタのような電子デバイス関連の研究をしています。電子デバイスの研究は非常に幅広い分野にわたりますが、私は特に新たな機能材料を発掘し、その固有物性を生かして世界最高レベルのデバイスの実現をめざしています。

電子デバイスは異なるさまざまな材料から構成される複雑な系になるので、その研究は多元連立方程式を解くこととよく似ています。一般的に、優れているといわれる材料をいくら集めても、それだけでは良いデバイスになってくれない。必ずキーになる本質が潜んでおり、そのキーを見つけるまでが結構大変です。でも、実験から得られるヒントをちょっとずつ集めていると、思わぬときに突然答えが見えてきたりします。そのときの喜びと興奮をいちど覚えると、研究をやめられなくなります。

今の研究は既存の電子デバイスの特性改善がメインになります。
これは最も可能性の高いものを実用レベルまで引き上げることになりますが、将来的にはより挑戦的な研究に取り組んでみたい。まったく新しいコンセプトのデバイスを創るのが私の夢です。地球上にはユニークな物性を示す物質がまだまだたくさんあります。そのユニークな物性をうまく生かして自分のオリジナリティを出していきたいです。

多様な研究者がそれぞれの考え方と手法を用いて一つの大きな目的を達成する。これが元素戦略のもっている力だと思います。このプロジェクトの中で研究者として大きく成長することができましたし、また「物質を使える材料にする」ことの楽しさを覚えたことで、今後の研究の方向が明確になりました。

Kim Junghwan

電子材料研究拠点

自動車排ガスを無害化する三元触媒に用いられる白金族元素を、安価で豊富に存在する汎用元素で代替する技術を開発しています。厳しい反応条件において十分な浄化性能が出る高速処理を実現するため、各元素の特性を利用して貴金属のもつ万能性に匹敵する複合材料の開発をめざしています。

元素の雄である「白金族元素」が最も活躍する自動車排ガス浄化市場において、その性能を代替するのは容易ではありませんが、困難であるがゆえに時折輝く一筋の光明を見いだしたときの感動は計り知れません。それらの成果を紡いでいくことで、いつか本当に白金族を凌駕できると、期待を膨らましながら研究を進めています。

静脈産業への貢献が大きい環境触媒の研究に加えて、将来的には動脈産業にも積極的に関わり、エネルギー・資源問題にも貢献したいと考えています。例えば太陽光や水、二酸化炭素など、どこにでも存在する資源の有効利用により、今はまだ想像できないような新たな反応システムを構築したいです。

元素は人と同じで、周囲の環境によってまったく異なる個性を発現します。そして、おそらくどの元素にも個性が長所となる環境があるはずです。「この機能にはこの元素が良い」という時代から、「この元素はこのように配置すれば機能発現する」という時代へのパラダイムシフトに貢献したいと考えています。

芳田 嘉志

触媒・電池材料研究拠点
現在は熊本大学

新規永久磁石材料の開発をめざして、その粉末合成プロセスを探索しています。永久磁石材料には、特性に大きな影響を与える重要な元素として希土類元素が用いられます。希土類元素は非常に酸化しやすいため、すべてのプロセスを超高真空下、もしくは不活性雰囲気下で行う必要があり、常に酸素量に気を配っています。

誰も知らないことを誰よりも早く知ることができるのが喜びで、その瞬間の達成感と、得られた結果に対する疑いの念の狭間の何とも言えない感覚が非常に魅力的です。そして、結果に対する疑いを晴らすことができたときの爽快感は何度でも味わいたいものです。

永久磁石材料は金属としては最も錆びやすい材料の一つです。この錆びやすい材料を扱う特異なプロセスを通して、永久磁石材料にとどまらず、世界を変えるような新規材料を発見・開発してみたいです。

物質材料研究は先人の膨大な実験事実によって成り立っています。近年では、その実験事実に基づき、機械学習等により実験をしなくても材料特性がある程度予測可能になってきました。そうはいっても、最終的には予測された材料を作り上げる必要があります。これまでのプロセスでは作製困難な材料でも作製できるような新規プロセスの開発を進めて、新規材料開発に貢献したいと思っています。

平山 悠介

磁性材料研究拠点
現在は産業技術総合研究所